Ichiぬけた!

転職体験談とセミリタイア目指すあれやこれや

2019年末雑記(日本の社会で自由度高く生きたい

2019年もあと数日ですね。皆さまにとってこの1年はどんな年でしたか?なんとなく1年の振り返りと今の想いです。

 

私は激動の年でした。転職、結婚、引越し、ブログの開設や資産運用の本格始動、就農の検討や夢占いの資格をとったりと結果的に色んなことに挑戦しました。

本当はノンビリと穏やかな生活を送りたいと思っているのですが、実際はアクセクと動き回っています。

 

人間は変化を嫌う生き物で、変化はストレスです。私にとって今年は変化が多すぎてストレス過多な一年でした。眠れないときもあったり吐き気を催す日もあったり。でもなんとか未来に希望を持つことでやり過ごすことができました。

 

いつかセミリタイアする。そしてセミリタイアして田舎に住んで、雇われ仕事ではなく好きなことに時間を費やして生きる。奥さんと子供と猫と幸せに暮らす。そんな未来を想像します。

 

今年は、そんな未来の為に種を撒き始めた1年だったように思います。この1年で強く感じたのは、辛い逆境は脱出のための原動力になるということです。毎日が辛い。そこから、ただ逃げ出すのではなく、この辛さを糧に最高の形で逃げ出す。ただ逃げ出すだけなら負けた気もします。しかし、なんらかの策を講じたり、何かを得て逃げ出すならば、そこで得た知識や経験も財産になると思うのです。

 

私はこの1年で世間の厳しさを知り、そこから逃げたい一心で様々なことを考え調べ、ネットで稼いだりセミリタイアという生き方だったりを知ることができました。また資産運用についても沢山の知識をつけることができたので、それらはとても大きかったと言えます。これらは今後も使える一生の財産と思います。

 

転職するまでは、目の前の仕事の目標をこなす事だけを考えて生きていました。これは労働者としてはよく訓練されており、とても優秀な生き方と思います。

しかし転職し、なぜ日本の社会はこうも働き辛いのか?という疑問から、社会構造を勉強し、日本社会の特殊な構造や、そもそも社会は資本主義社会であり、資本家と労働者という階級構造であることを知ることができました。(そう言えば学校で習ってたけど)

私は労働階級であることが不満な訳ではありませんが、生活の自由度を欲しています。その為には労働者よりも資本家である必要があり、もしくは個人でお金を稼げるようにならなければならないと感じています。

 

何かに依存することは自由度を下げます。誰かから何かを与えてもらうのであれば、少なからずその誰かの言いなりになる必要があります。例え良い会社に入ったとしても、会社から給与をもらう以上、ある程度命令や仕組みに従う必要があります。一緒に仕事をする同僚や仕事内容を選択することはできません。

たまには自由度の高い良い会社もありますがそれに当たるかはガチャを引くようなものです。(転職スキルを高めれば、当たりをひく可能性は高まるとは思います。)

 

世の中はGIVE and TAKEです。GIVE側にならなければ基本的には自由度はあがりません。労働者は労働力をGIVEし報酬をTAKEします。しかし一般的な労働者の代わりなどいくらでもいます。つまりGIVEの価値が低いのでTAKEの交渉権がありません。逆説的にはGIVEの価値を上げることができればTAKEの交渉権も強くなり自由度は上がります。

 

しかし、私のような小心者は、例えどれだけGIVEの価値を高くしようと、非論理的な圧政上司や会社に対してTAKEの価値をあげろとは交渉ができないのです。それはGIVE and TAKEとは全く次元の違うパーソナリティの問題です。また日本の社会慣習からして、ストライキという形ではなく個人がTAKEをあげろという主張をしても異端的な扱いを受け主張は通り辛いでしょう。

 

そんなことから、自由度を手に入れるには個人で大きな資本を構築するか、所属会社向けではなく個人的にマネタイズ出来るようなGIVEの価値を高めて、個人で収益化を図るのが、人生の自由度をあげるためには良いと思うのです。

 

おわり